福岡高等裁判所宮崎支部 昭和63年(行ケ)1号 判決 1989年9月27日
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者双方の求める裁判
一 原告ら
「1 昭和六二年六月二八日執行の鹿児島県大島郡住用村長選挙の効力に関する審査申立につき、被告が同六三年二月
二九日にした裁決を取消す。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二 当事者双方の主張
一 請求原因
1 原告らは、いずれも昭和六二年六月二八日を選挙期日として行われた鹿児島県大島郡住用村長選挙(以下「本件選挙」という。)の選挙人である。
本件選挙は、訴外師玉登(以下「師玉」という。)と同用稲松男(以下「用稲」という。)の両候補者間で、その当落が争われたところ、開票の結果、師玉が七三七票、用稲が七三五票をそれぞれ得票し、師玉が当選人と決定された。
補助参加人元井信一郎外五名(以下「補助参加人元井ら」という。)は、法定の期間内に、訴外住用村選挙管理委員会(以下「村選管」という。)に対して本件選挙の無効を主張して異議申立をしたが、村選管は、同年八月三日、右申立を棄却する旨の決定をした。
補助参加人元井らは、同年八月二二日、被告に対して、右決定につき審査の申立をしたところ、被告は、同六三年二月二九日、「昭和六二年六月二八日執行の鹿児島県大島郡住用村長選挙の効力に関する異議申立について、村選管が、同年八月三日なした決定を取消す。昭和六二年六月二八日執行の鹿児島県大島郡住用村長選挙を無効とする。」旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。
2 本件裁決は、別紙「裁決書」記載のとおり(但し、九頁一五行目及び一六行から一七行目にかけての「一三枚」を「一二枚」と改める。)、本件選挙における村役場を投票の場所とする不在者投票(以下「本件不在者投票」という。)には、(1) 立会人の欠缺、(2) 不在者投票事由なき者に対する不在者投票の許可、(3) 安易な代理投票の許可という管理執行上の瑕疵があり、これが選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとして、本件選挙を無効とした。
3 しかし、本件裁決は次のとおり事実認定、法律解釈を誤るものである。
(一) 立会人の欠缺について
(1) 選挙の有効、無効は、実質的な観点から選挙の自由、公正を害する虞があったか否かということを問題とすべきであり、また不在者投票の立会人の主たる職責は、投票行為に立会い、選挙人が何人にも干渉されず投票することを見届けることにある。
(2) 本件不在者投票においては、立会人として村選管の選挙管理委員である訴外武島盛(以下「武島」という。)、同伊藤忠雄(以下「伊藤」という。)、同川井慶二(以下「川井」という。)の三名が選任され、右三名中常時一名が立会人としてその職務を遂行していた。
即ち、住用村及びその周辺の町村においては、従前から不在者投票の立会人の選任手続が明確に行われたことはなく、選挙管理委員長を除く選挙管理委員が立会人となることが慣例となっているところ、本件選挙においても、同六二年六月二三日から同月二七日まで住用村役場を不在者投票の場所として本件不在者投票が行われたが、右慣例に従って、武島、伊藤、川井の三名が不在者投票立会人に就任し、右三名は各自選挙管理委員として不在者投票選挙管理事務をも分掌していたが、右不在者投票所には、投票者を一名のみ入場させ、当該選挙人の投票行為終了後次の者を入場させるという方法で、選挙管理事務を終了した選挙管理委員が投票の立会いをしており、特定の選挙人について選挙管理事務と投票立会とを同時に執行し、立会人としての職務に専念すべき義務を懈怠した様なことはない。
尤も、本件不在者投票において作成された「不在者投票事務処理簿」の立会人欄及び本件不在者投票において使用された投票用封筒の立会人欄には、交互に立会を行ったにも拘わらず立会人として一名の署名乃至記名しかないものが存するが、これは右立会人である武島らが、前者の処理簿は単なる報告文書として形式的に作成されるものであるから、立会を行った者の内一名の署名乃至記名で足りるものと、また後者の封筒についても同様であるとの考えからなされたものにすぎない。
(3) 仮に、立会人が武島又は伊藤の一名のみであり、右武島らに選挙管理事務と投票立会との兼務が認められるとしても、本件不在者投票は、不在者投票管理者である村選管委員長訴外政栄男(以下「政」という。)の下で、選挙管理委員である武島、伊藤、川井の三名が行ったものであるが、監視人席には常時五名乃至六名の警察官が臨席し、また村選管事務局書記長である田島外四名の職員も同席し、右委員及び職員が互いに所謂師玉派か用稲派かということを絶えず意識する状況下で(しかも、右職員中常時同席していた四名は、いずれも選挙権を有し、立会人たる資格を有する者であるうえ、本件不在者投票管理事務には一切従事していない)行われたのであるから、立会人制度の目的である「選挙が自由かつ公正に行われるよう不在者投票管理事務の執行を監視する」という役目は十分果たされており、実質的に立会人を欠くということはなかった。
(4) また、右武島のみが立会人であり、同人に選挙管理事務と投票立会との兼務が認められるとしても、武島は本件不在者投票の全てにつき兼務したわけではないから、本件不在者投票の期間に投じられた一五八票全部を包括的に無効と評価すべきではなく、現実に選挙管理事務と投票立会とが兼務された特定の投票について個別に判断すべきである。
(二) 不在者投票事由なき者に対する許可及び安易な代理投票許可について本件不在者投票事務を管理執行していた川井、伊藤は誓約書に記載された不在事由を鵜呑みにして不在者投票を許可したのではなく、口頭で質問する等右事由の有無につき十分調査、確認を行っており、また代理事由についても同様の調査、確認のうえで許可しており、この点に関しても違法な管理執行はない。
4 よって、原告らは、本件選挙が有効であり、補助参加人元井らのなした審査申立は棄却されるべきであるから、被告のなした本件裁決の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3 同3の主張は争う。
本件選挙は、別紙「裁決書」記載の理由により無効であり、本件裁決に違法はない。
原告らは、本件選挙は有効である旨縷々主張するが、いずれも理由がない。
(1) 立会人は、不在者投票の管理執行に必須の機関であって、公職選挙法施行令(以下「令」という。)五六条二項により不在者投票管理者が少なくとも一名を選任しなければならないのであるから、慣例によって選任されるというような不明確、不安定なことでは結局選任行為がなかったことに帰し、それ自体で無効というべきである。
(2) また立会人は選挙が自由かつ公正に行われるよう不在者投票管理者の執行事務を監視する機関であって、公職選挙法(以下「法」という。)は、立会人を置くことにより選挙の自由公正を制度上保障しようとしているのであるから、不在者投票管理者がどの様に厳正に管理事務を行ったとしても、また事務従事者が事実上どの様に監視したとしても立会人が欠けることは許されず、一選挙人毎に立会人は不在者投票事務従事者と並行して存在しなければならない。
(3) そして、不在者投票の立会は、投票行為の自由公正を確保するための法律上の基本的な制度として、苟も法令により義務づけられているものであり、事務従事者を多くする等の方法により選挙権を有する者が事実上立会っていれば、手続の公正が保てるからよいとして形式化しうるものではなく、従って、これを欠く場合は、支障が現実に生じるか、その虞があるかを問うまでもなく、その理由のみで不在者投票は無効とされるのである。
(4) 本件不在者投票においては、立会人は武島(又は伊藤)の一名であるところ、武島(又は伊藤)は、立会人でありながら、投票用紙及び投票用封筒を点検のうえ選挙人に交付し、投票方法を説明し、更に選挙人が封をした投票用封筒の署名を確認していた(なお、このほか宣誓書の審査も行っていた)のであるから、立会と不在者投票管理事務の執行を同時に行ったことは明らかである。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因1(本件選挙の執行、師玉の当選、補助参加人元井らの異議申立・審査申立等、本件裁決)及び同2(本件裁決の理由)記載の事実は当事者間に争いがない。
二 本件選挙の無効事由の有無につき検討する。
前記争いのない事実に、乙第四号証の一乃至四、同第五号証(いずれも成立について争いがない)、同第九号証の一乃至一五八、同第一〇号証(いずれも弁論の全趣旨により成立が認められる)、同第一二号証の二〇、二三乃至二六、同第一三号証の二〇、二一、同第一五号証の二乃至七、(いずれも成立について争いがない)、同第一六号証(弁論の全趣旨により成立が認められる)、証人武島盛、同伊藤忠雄、同満田英和、同都和晃、同田畑照雄の各証言を併せると、次の事実が認められる。
1 本件選挙においては、告示の日である昭和六二年六月二三日から選挙の当日の前日である同月二七日迄の間に通常の不在者投票(投票時間午前八時三〇分から午後五時迄)が行われたが、その内投票記載所を住用村役場庁舎二階会議室として行われた本件不在者投票は、村選管委員長である政が不在者投票管理者として執行し、村選管委員である川井は選挙名簿との照合、同伊藤は宣誓書に記載された不在者投票事由の存否等の審査、同武島は不在者投票用紙及び投票用封筒の交付及び説明等と各分担して、右政の不在者投票管理執行事務を補助した。
なお、右投票記載場所である住用村役場庁舎二階会議室内には、村選管事務局がその執務場所を移し、書記長田島正美外四名の全職員も同席していたが、同局職員都和晃を除くその余の職員は、選挙当日の準備等に略忙殺されて、本件不在者投票管理事務を補助することは殆どなく、右都和晃が右会議室入口付近に在席し、宣誓書の交付、受領、伊藤への回付等専ら前記伊藤の分担していた事務を更に補助していた。
また、代理投票の投票補助者として住用村職員である訴外肥後末雄(住民課戸籍係)及び同都敏成(同課福祉係)の両名も同席していた。
2 告示の前日に武島、伊藤、川井等が出席して開かれた不在者投票事務打合せ会で、右伊藤らから、本件不在者投票における管理事務の補助、分担等は直前(昭和六二年五月頃)の村議会議員選挙の時と同様選挙管理委員各自の申出どおりとしてはどうかとの提案がなされ、出席者全員これに異議がなかったことから、不在者投票管理者である政は、これに従い右村議会議員選挙の際に立会人であった伊藤を本件不在者投票においても立会人とすることを定めたものの、同人を不在者投票立会人に指名する旨の辞令を交付する等の明確な選任手続を履践することはなかった。
3 伊藤は、右打合せ会の結果に従い、本件不在者投票において立会人となるものと考え、告示の日(昭和六二年六月二三日)の投票記載所の開場時間迄に、不在者投票用封筒の立会人欄に「伊藤忠雄」と刻したゴム印(以下「伊藤印」という。)を相当枚数押捺して立会人としてなすべき職務の執行を準備した。
そして、伊藤は、告示の当日、前記村議会議員選挙の際と略同様の配置で机、記載台等が設置されている前記投票記載所において、右村議会議員選挙の際に立会人席でもあった別紙図面の「武島委員」と表示された席に着席しようとしたところ、武島が「立会人は自分がする」と言いながら右席に着席したため、伊藤は已むを得ず、立会人を武島に譲ることとし、同図面の「伊藤委員」と表示されている席に着席し、また川井は同図面の「川井委員」と表示されている席に着席した。
4 本件不在者投票管理者である政は、武島、伊藤、川井の各委員が右の様に着席したことによって、川井は選挙人と選挙人名簿との照合、伊藤は宣誓書記載の不在者投票事由の有無の審査、武島は投票用紙及び投票用封筒の交付並びに投票方法の説明というように本件不在者投票管理事務を分担、補助する外、武島は本件不在者投票における立会人をも兼務する意思でいるものと認識したが、これについて異議を述べなかった。
5 本件不在者投票は、初日である二三日に六八人と本件不在者投票者の約四割強が投票し、以後二四日は一六名、二五日二一名、二六日三四名、最終日の二七日一九名であった。
武島は、本件不在者投票期間中、二七日の午後一杯車椅子を借用するため名瀬市内に赴き、また日は明らかではないが午前中二乃至三時間ポスター修復のため第三投票区の掲示場に赴いた二回を除いては、別紙図面の「武島委員」と表示された席に着席し、立会人としての職務を行っていた。
なお、武島が不在の右時間は、同人から依頼された伊藤が立会人の職務を代行していたが、政もこれを是認していた。
6 武島は、本件不在者投票においては、右5に認定のとおり二回にわたって投票記載所を離れた外は、伊藤、川井が選挙人名簿との照合、宣誓書記載の不在者投票事由の有無の審査をし、本件不在者投票管理者である政が不在者投票を許可した選挙人に対して投票用紙及び投票用封筒を点検のうえ交付するとともに、投票の方法(記載済の投票用紙の封入の仕方等)を説明し、選挙人が記載を終え投票用紙を投票用封筒に封入したならば、右封筒に選挙人の署名がなされているかを確認するという本件不在者投票管理事務の補助者としての職務を行いながら、立会人として不在者投票手続に立会っていた。
また、武島が前記のとおり投票記載所を離れていた間に、前記認定のとおり立会人の職務を代行していた伊藤も、宣誓書記載の不在者投票事由の有無の審査を行いながら、立会人を兼務していた。
なお、本件不在者投票においては、投票記載所である前記会議室には、混乱等を防止するため選挙人が二人以上在室することのないよう一名づつ入場させる旨の打合せがなされていたが、前記の如く多数の選挙人が投票した二三日等は右打合せ通りに一名づつ順次入場させることは不可能であった。
7 また、本件不在者投票において使用された不在者投票用封筒には、前記のとおり既に伊藤印が押捺されたものも相当数含まれていたため、武島は、立会人として投票用紙が封入された不在者投票用封筒の選挙人の署名の確認を行った後になすべき同封筒裏立会人欄への署名については、右伊藤印で代え得るものと考え、署名しないまま放置していたところ、二三日の投票終了間際になって、投票記載所に在席していた村選管事務局職員林喜八郎から、立会人欄は記名ではなく署名でなければならない旨注意されたので、以後右伊藤印のある封筒については伊藤印に併記して署名することとした。
そのため、二三日投票の六八枚中六五枚は伊藤印のみが押捺され、残り三枚と翌二四日投票の一六枚中一二枚には伊藤印に加えて武島の署名がなされている。
なお、二七日投票の一九枚中四枚は、前記のとおり武島が名瀬市内に赴いたため、伊藤が「武島盛」と代筆した。
8 不在者投票管理者である政は勿論、村選管委員である武島、伊藤、川井も、立会人の職務と投票管理事務の補助とを兼務することに何らの疑問も抱かず、従って、現に行っていることが、立会、投票管理のいずれであるかということを明確に認識して区別することなく、両者を一体のものとして実行していた。
以上の事実が認められ、これに反する証人武島盛、同伊藤忠雄、同満田英和、同田畑照雄、同都和晃の供述部分はいずれもたやすく措信し難く、他にこれを左右するに足る的確な証拠もない。
右認定の事実によれば、被告指摘のとおり、本件不在者投票においては武島を立会人と選任する明確な手続はなされておらず、不在者投票における立会人の重要性に鑑みれば、その選任は明確になされることが望ましいが、告示の当日、投票開始時間に先立って、投票記載所で、武島が立会人となる旨を述べて、立会人席をも兼ねて設営されていた席に着席し、これに伊藤、川井も何ら異議を唱えないところから、政も右武島が立会人となることを承諾した時を以て、武島が立会人に選任されたものというべきであり、従って武島、伊藤、川井の三名が立会人に選任された旨の原告らの主張は理由がない。
そして、凡そ投票立会人は、投票が自由公正に行われるよう監視する職責を有し、その職務は、性質上右認定のような不在者投票管理事務の補助との兼務を許さないものというべきところ、武島及び伊藤は、立会人として本件不在者投票
事務の管理執行をも監視しながら、不在者投票管理事務の補助者として、投票用紙等の交付、不在者投票用封筒の署名の確認等投票管理事務を兼務していたのであるから、右兼務中になされた不在者投票一五八票は全部公職選挙法に定める選挙の規定に違反してなされたものといわなければならない。
原告らは、武島が不在者投票管理事務補助者と立会人を兼ねていたとしても、不在者投票管理者政を始め、右管理事務を補助していた伊藤、川井、更には村選管事務局職員等が在席し、不正がないよう監視していたから実質的に立会人の職務は果たされており、また武島は不在者投票管理事務補助と立会とを同時に行ったことはない旨主張するが、立会人は、選挙が自由公正に行われるよう不在者投票事務の管理執行を監視するための、選挙の執行機関と別個独立の必須の機関であり、これを選挙の執行機関と分離独立の監視機関とすることにより選挙の自由公正を制度的に保障しようとするものであるから、管理事務補助者が立会人を兼ねることは法律上許さず、また右認定のとおり、武島及び伊藤は投票管理事務と立会とを渾然と行っていたというべきであるから、右主張はいずれも理由がない。
そうすると、本件選挙においては、師玉と用稲との間で当選が争われ、有効投票総数一四七二票のうち師玉が七三七票、用稲が七三五票得票し、師玉が当選者とされたのであるから、選挙の規定に関する違反があってそれが選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものというべきであり、本件選挙を無効とした本件裁決は、その余について判断するまでもなく、正当である。
三 よって、原告らの本件請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
裁決書
鹿児島県大島郡住用村役勝292番地
審査申立人 元井信一郎(60才)
同所 西仲間340番地
審査申立人 得山茂敏(67才)
同所 城57番地4
審査申立人 当義二(63才)
同所 山間378番地1
審査申立人 田部義和(53才)
同所 市679番地
審査申立人 山下英志(46才)
同所 石原342番地の4
審査申立人 松元昌一郎(36才)
沖縄県那覇市〓川1丁目28番1号
上記6名代理人弁護士 中居久雄
審査申立人等から昭和62年8月22日付けをもって提起された、昭和62年6月28日執行の住用村長選挙における選挙の効力に関する審査申立てについて、当委員会は次のとおり裁決する。
主文
1 昭和62年6月28日執行の住用村長選挙にかかる選挙の効力に関する異議の申出について、住用村選挙管理委員会が、同年8月3日付けをもってした決定を取り消す。
2 昭和62年6月28日執行の住用村長選挙を無効とする。
審査申立ての要旨
審査申立人(以下「申立人」という。)等は、昭和62年6月29日執行の住用村長選挙(以下「本件選挙」という。)の選挙の効力に関し、住用村選挙管理委員会(以下「村委員会」という。)に対して異議の申出をしたところ、村委員会は同年8月3日これを棄却する決定をした。しかし、本件選挙は以下述べる理由により無効であるから、村委員会の決定を取り消し、本件選挙を無効とするとの裁決を求める。
1 住用村役場における不在者投票の管理執行について次のような違法がある。
(1) 村委員会は、病院等の不在者投票管理者でもなく、不在者投票の事由のある選挙人の使者でもない者に対し、本件選挙の告示前である昭和62年6月20日に不在者投票請求書兼宣誓書(以下「宣誓書」という。)用紙を100枚余り交付した。これは不在者投票の投票用紙及び投票用封筒の請求に関する規定に違反する。
選挙運動員は、旅行しない選挙人を説得し、その宣誓書に不在事由を旅行と記入して選挙人に持参させたり、付き添って行くなどして不在者投票をさせたものであり、不在事由のある選挙人が、自ら投票用紙を請求し宣誓書を提出して投票したのはわずかである。因みに、不在事由を旅行とした選挙人65名のうち46名が選挙の当日に在宅していた。このように不在事由のない選挙人が多数不在者投票をしたのは、告示前に上記のとおり宣誓書用紙を交付したからであり、結局これにより選挙の自由公正を阻害したものというべきである。
(2) 代理投票の手続きに次のような違法がある。
本件不在者投票の代理投票は78票であるが、村委員会は代理投票の申請があった選挙人に対し文盲かどうかを確認することなく、もともと字を書ける者が名札を持参したり、または口頭で候補者の氏名を言えば、そのまま代理投票を許していた。
申立人の調査では、上記代理投票中45票は本来代理投票の事由がなかったものであるが、このようなことが行われるのは、運動員が無理に選挙人を連行するなどして代理投票をさせ、選挙人が言う候補者の氏名を投票補助者を通じて知ろうとするものである。このように代理投票を悪用することにより、投票の秘密が侵され選挙の自由公正が著しく阻害された。
なお、不在者投票管理者(村委員会委員長)と同部落の選挙人3名は、文盲でもないのに代理投票をしているが、不在者投票管理者はこれら選挙人が文盲でないことを知りながら代理投票をするのを黙認していた。また、不在者投票管理者は選挙人に対し、代理投票の事由がないのに代理投票をした場合は罰則規定がある旨の注意も与えていない。
2 選挙に際し、かねてよりも転入者が異常に多いときは、村委員会は架空転入を疑うべきであり、選挙人名簿の選挙時登録に当たっては住所要件について十分な調査を実施したうえで調製すべきである。
しかるに、村委員会は昭和62年1月以降37名余りの多数の転入者があったにもかかわらず、架空転入を疑うことなく、単に住民基本台帳に記載されている者を選挙人名簿に登録している。このことは公職選挙法(以下「法」という。)21条3項、同法施行令(以下「令」という。)10条所定の調査義務を一般的に怠ったものであって、手続上の重大な瑕疵であるから選挙時登録の全部が無効である。以下調査不足の例をあげる。
(1) 選挙人井上八重子は、住民基本台帳には昭和54年に沖縄県から住用村西仲間に転入した旨登録されているが、同人の住所は沖縄にあり、単に住民票上の住所を移動しただけであって、登録の日から現在まで西仲間に住所を定めて生活を営んだことはなく、沖縄に出稼ぎ中の者であるとはいえない。
村委員会委員武島盛は、自分が区長をしている住用村西仲間の区長選挙人名簿に、井上八重子が部落住民として記載されていないことを知りながら、本件選挙に投票させている。
(2) 住用村職員間秀充は、昭和56年5月に住用村山間から名瀬市へ転出したものであるが、昭和62年1月12日再び住用村山間に住民票上の住所を移している。同人の妻子は名瀬市に居住し、妻は名瀬の養護学校の職員で、間は名瀬市から住用村役場に通勤しているのであるから、住用村山間に法9条の住所を有する者とはいえない。
(3) 住用村職員津田吉正は、昭和55年2月に住用村から名瀬市へ転出したものであるが、昭和62年3月19日住用村に住民票上の住所を移している。同人は名瀬市から住用村役場まで通勤し、妻は県立大島病院に勤務しており、また
名瀬市に自宅を新築するなど生活の本拠は名瀬市にある。
3 村委員会の周知義務違反について。
村委員会は、法6条により選挙が公明且つ適正に行われるよう常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努めるとともに、特に選挙に際しては投票の方法、選挙違反その他選挙に関し必要と認める事項を選挙人に周知すべきところ、この規定に違反して詐欺投票の罪(法237条)や詐欺登録の罪(法236条)を周知させなかったため上記1、2記載の違法な不在者投票、代理投票及び架空転入が行われたものである。
4 村委員会委員、選挙事務関係者の選挙運動について。
投票管理者栄実次は、当選人師玉登の選挙運動用通常はがきのあいさつ文の中で推薦人となっているが、これは法135条に違反する。又、村委員会委員長政栄男は師玉登を励ます会に出席し師玉推薦のあいさつをし、更に師玉登後援会の監事になっているが、これは法136条に違反する。これらにより本件選挙の自由公正が著しく阻害されている。
5 以上のとおり、本件選挙の管理執行には規定違反があるところ、当選人と落選人との得票差は2票であるから、この規定違反は選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあり、本件選挙は無効である。
裁決の理由
当委員会は、村委員会から弁明書を提出させたうえ、本件選挙の関係記録を調査し、村委員会委員、不在者投票事務従事者その他の関係村職員及び選挙人の証言を求めて審査した。
1 申立ての理由1(村役場における不在者投票の管理執行にかかる違法)について。
(1) 本件選挙の結果は次のとおりである。
選挙当日の有権者 投票者 棄権者 投票率 有効投票 無効投票
1,511 1,480 31 97.95 1,472 8
候補者の得票数
師玉登 737(当選)
用稲松男 735
(2) 本件選挙における不在者投票の内訳は次のとおりである。
村役場 158(内代理投票78)
指定施設 24(内代理投票3)
他市町村選挙管理委員会 22
郵便投票 1
合計 205
(3) 村役場における不在者投票(以下「本件不在者投票」という。)の管理執行について。
(ア) 本件不在者投票は、6月23日から同月27日までの5日間村役場2階の会議室で行われたが、不在者投票の主な管理事務は不在者投票管理者政栄男(村委員会委員長)のもとに、事務従事者が次のとおり分担している。
選挙人名簿との対照 川井慶二(村委員会委員)
宣誓書(不在事由)の審査 伊藤忠雄(村委員会委員)
投票用紙及び投票用封筒の交付と投票方法の説明 武島 盛(村委員会委員)
ただし、宣誓書の審査はこれを最初に受けとる伊藤忠雄が主として行ったが、その宣誓書を順送りして武島盛、川井慶二及び不在者投票管理者が点検していた。
(イ)次に不在者投票立会人(以下「立会人」という。)であるが、不在者投票管理者が立会人を何時選任したのか必ずしも明らかでないが、不在者投票開始までに前記武島盛が立会人に選任され、次に述べる時間を除き、不在者投票の全期間を通じ立会人であったことは、村委員会委員等のひとしく認めるところである。武島盛は6月27日午後一杯名瀬市の医師会病院に車椅子を借りに行き、また、日は定かでないが午前中2、3時間、第3投票区のポスター掲示場のポスターがはがれた件で外出したが、二回ともその間の立会人は伊藤忠雄であった。
しかし、投票用封筒の立会人の署名(令60条1項)を調べてみると、6月23日投票の68枚(これは同日不在者投票をした選挙人全員のものである。)及び同月24日投票の13枚には伊藤忠雄のゴム印が押捺してあり、このうち23日の分3枚と24日の分13枚には併記して武島盛の署名がなされているが、6月23日の残り65枚は伊藤忠雄のゴム印のままに置かれている。その余の投票用封筒の立会人署名欄は、1枚に署名がないほか、すべて武島盛となっているが、6月27日投票の4枚だけは筆跡が異るところ、これは伊藤忠雄が武島盛の記名をしたものであることが認められた。
一方、不在者投票事務処理簿(令61条1項)について、本件不在者投票の立会人氏名を調べてみると、6月26日に投票した選挙人のうち3名について武島盛と記載してあるのを除き、全期間を通じすべての選挙人につき伊藤忠雄と記載されている。
そこで、投票用封筒の立会人署名欄になぜ伊藤忠雄のゴム印が押捺されたかについて、伊藤忠雄及び武島盛の証言を求めてみると、伊藤忠雄において当初自分が立会人に選任されるつもりで(同年5月に執行された村議会議員選挙の不在者投票において立会人をつとめたので。)不在者投票開始前に多数の投票用封筒に自己のゴム印を押捺して準備したものであることが認められた(そのゴム印押捺は本件選挙の告示の前日に行われたようであるが、定かでない。)。そして、伊藤忠雄のゴム印のある投票用封筒の一部に武島盛の署名がなされているものについては、武島盛の証言によれば、事務従事者の一人から立会人の名は自署しなければならない旨注意されて署名したというのであるが、なぜその一部だけに署名し、全部に署名しなかったのかについては説明することができない。
また、不在者投票事務処理簿は村委員会委員長政栄男が自ら記載したというのであるが、本件不在者投票の立会人氏名を、前記3名の選挙人の場合を除き、なぜ伊藤忠雄と記載したのかについて、政栄男自身これを説明することができない。
(ウ)ところで、武島盛は立会人の職務に専念していたかというとそうではなく、同時に、投票用紙及び投票用封筒(以下「投票用紙等」という。)を選挙人に交付し投票方法を説明すること、及び選挙人が封をした投票用封筒の署名を確認する事務に従事していたのであって、この点については、一時的に武島盛に代って立会人となった伊藤忠雄も同様の兼務を行っている。このように立会人が恒常的に不在者投票の管理にかかる事務に従事していることに加え、前記投票用封筒の立会人署名の不備と、不在者投票事務処理簿の立会人氏名の殆ど全部が実際の立会人と異るというずさんな記載とをみると、村委員会は立会人の意義について甚しく理解を欠いていたものとしか考えられない。
いうまでもなく、立会人は選挙が自由かつ公正に行われるよう不在者投票管理事務の執行を監視する監視機関であるから、立会人が同時に管理執行にかかる事務に従事することは法律上許されないところであり、この兼務の間になされた不在者投票は実質上立会人を欠くものとして、選挙の管理執行に関する規定である法49条1項、令56条1項、2項に違反する違法なものというべきである。本件不在者投票における立会人武島盛、及び同人が一時不在の間立会人となった伊藤忠雄は、同時に、不在者投票の管理執行にかかる事務である前記投票用紙等の交付事務等に従事したのであるから、本件不在者投票は全期間を通じ前記法令の各条項に違反し、投票の自由公正を疑わせるに足るものであり、このように違法な管理執行のもとになされた不在者投票158票はすべて無効といわなければならない。
(4) 法205条1項によれば、選挙の規定に関する違反があって、それが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるときは、その選挙の全部又は一部が無効となるものであるが、不在者投票の管理執行に関する違法は選挙の規定に関する違反にあたり、そのため無効となった不在者投票の数が当選人と落選人の得票差を超えるときは、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものと解すべきである。
本件選挙における当選人師玉登と落選人用稲松男との得票差は前記のとおり2票であるところ、本件不在者投票の管理執行の違法により無効となった不在者投票は158票であるから、これが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることは明らかであり、本件選挙は無効というべきである。
2 以上述べた立会人の欠缺については、申立人等の主張しないところであったが、申立ての理由1について調査する過程で明らかとなり、不問に付すことができなくなったものである。本件選挙は既にして無効であるが、本件不在者投票には他にも問題があるので、念のため申立ての理由1に関し調査した結果を述べることとする。
(1) 法49条1項各号に掲げる事由により、不在者投票をするため令50条1項により投票用紙等の交付を請求する場合には、選挙人は選挙の当日自ら投票所に行き投票することができない事由(いわゆる不在事由)を申し立て、かつ当該申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書をあわせて提出しなければならないことになっている(令52条)ところ、本件選挙においては投票用紙等の交付を請求する請求書と宣誓書が同一用紙に印刷されていて、選挙人はこの用紙(以下「宣誓書用紙」という。)に所要の事項を記載して提出するようになっている。
(2) ところが、本件選挙の告示前に、選挙人の使者と称する者等が村委員会から相当多数の宣誓書用紙の交付を受けていたため、告示後不在者投票のため村役場に赴いた選挙人が、その場で宣誓書用紙の交付をうけ、これに記載して提出したものは比較的少く、大半の選挙人は外部で記載された宣誓書を持参していた。また不在者投票の場で宣誓書用紙の交付をうけた選挙人が、その用紙に記載する場所は、不在者投票記載所(会議室)の外の廊下に置かれた机であり、そこには事務従事者は配置されていなかった。従って、いずれの場合も不在者投票管理者(補助執行する事務従事者を含む。)は選挙人がどのようにして宣誓書を記載したかについて全く関知していない。
このような場合は、一人が複数の選挙人の代筆をすることも容易であり、不在事由も適当に記載されがちであって、宣誓書が形式的なものとなりやすいから、投票管理者は令52条が規定する宣誓の趣旨の徹底をはかるため、宣誓書に一応不在事由が記載されていても、選挙人に対し口頭で不在事由を確かめる等の配慮をし、不在事由がない者を投票させないようにしなければならない。
そこで、本件不在者投票の選挙人158名のうち37名について証言を求めたところ、
(ア) 別表1記載の7名は、証言する不在者投票をした理由と宣誓書記載の不在事由とが異ること等により、容易に不在事由がなかったことが認められた。よって、もし不在者投票管理者が当時選挙人に不在事由を確かめていたならば、事由を欠くものとして不在者投票の請求を拒むことは容易であったと考えられる。
(イ)別表2記載の11名は、宣誓書の不在事由を疾病等のため歩行著しく困難(法49条1項3号―以下「3号事由」という。)とする者であるが、証言当時の歩行状態を観察し、かつ健康状態につき聴取したところによれば、選挙当日投票所に赴いて投票するのに支障があったとは到底思われなかった。従って、不在者投票管理者はこれらの選挙人についても不在事由を欠くものとして不在者投票の請求を拒むべきであった。なお、この11名は宣誓書の不在事由を3号事由とする比較的高齢の選挙人17名を調べた結果であるから、不在者投票をした高齢の選挙人等に3号事由が相当濫用されていたことが推認される。因みに、本件不在者投票の選挙人158名のうち、3号事由による者は62名の多数に上っている。
よって、不在者投票管理者が別表1及び2記載の選挙人について不在者投票を許したのは、法49条1項に違反するといわなければならない。
(3) 次に、本件不在者投票において代理投票をした選挙人のうち28名について代理投票の事由の有無を調べたところ、別表3記載の14名は筆記に差支える身体の故障もなく文盲でもなく、自書して投票できる者であった。本件不在者投票の選挙人158名のうち、代理投票をした者が78名もいることは、けだし異常というべきである(本件選挙の期日に代理投票をした選挙人は25名にすぎない。)。
代理投票は秘密投票の例外として身体の故障又は文盲により候補者の氏名を自書できない選挙人に対し認められている制度である(法48条、令56条1項3項)から、これが濫用されるときは選挙の自由公正を阻害するおそれがある。本来秘密投票を望むはずの選挙人が、代理投票の事由がないのにあえて代理投票をしようとするのは、何ものかによりその意に反して代理投票をさせられた疑いがあるからである。前記代理投票の事由のない14名のうちに、代理投票に行く途中候補者の選挙事務所に連れて行かれ、同所で宣誓書を書いてもらい、あるいは同所で候補者の名を記した札をもらい、これらを提示して代理投票をした者があること、また不在者投票管理者に代理投票を許されて投票補助者のもとまで行った選挙人が、代理投票をやめて(おそらく付添人が見ていないことを知って。)自ら投票した例があることは、このことを物語っている。
不在者投票管理者は、代理投票を申請した選挙人につき、その事由がないと認めるときは、立会人の意見を聞いてその拒否を決定することができるのであるから(令41条1項ないし3項、同56条3項4項)上記14名の選挙人について、本件不在者投票管理者がその事由を確かめることなく、安易に代理投票を許したのは違法といわなければならない。
(4) 従って、本件不在者投票につき、仮に適法な立会人が監視機関としての機能を果していたとしても、少くとも別表1ないし3に掲げる選挙人のうち重複しない27名にかかる不在者投票は、前記のとおり違法な管理執行のもとになされ、投票の自由公正が保障されないものであるから無効というべきところ、この数は当選人と落選人の得票差2票を超えるものであるから、これが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることは明白であり、本件選挙は無効といわざるをえない。
3 よって、申立人等のその余の主張につき判断するまでもなく、本件選挙を無効とすべきものとし、主文のとおり裁決する。
昭和63年2月29日
鹿児島県選挙管理委員会
委員長 松村仲之助
別表 1
前田スエ 春日ハル 辻真子 池田ヨリ
信ミツネ 肥後末子 竹山サネ
別表 2
住タケマツ 浦タネマツ 伊藤ミハル 泉キク
納キヨ 上村寛 田尻ノイ 林セイ
中居貞光 屋宮ヨシエ 与島スメ子
別表 3
前田スエ 住タケマツ 知念礼子 浦タネマツ
肥後末子 与島スメ子 広畑フミエ 茂木チエ子
吉良利一 中園マサエ 橋本タケ子 新納セツ子
富山武夫 柳逸郎
別紙図面
<省略>